灘中学校・灘高校で50年も教壇に立ち、全国有数の進学校にした伝説の国語教師、橋本武先生が2013年9月12日に老衰のため101歳で亡くなりました。
灘校は今となっては東大進学率1,2位を争う進学校ですが、そこまでのレベルに上げたのが橋本先生の貢献が大きいと言われています。
そんな橋本先生の国語の授業は、中学の3年間をかけて中勘助の「銀の匙」を読むというもの!
教科書は使いません。
なんとも型破りな授業ですよね^^;
この方法は今やスローリーディングという名前まで付けられています。
「一つの本だけで3年間もやっていたら、知識の範囲が狭くなるのでは?」
と思ってしまいますが、橋本先生のやり方は、本に書かれている内容や単語など、ちょっとしたものをきっかけにして、どんどん横道にそれていくというやり方。
実はここに一生役立つ学ぶ力を育む内容になっていたんです。
橋本先生のやり方は、中・高校生に限らず、幼児期の子育てにも応用できるやり方になっています。
「あそぶ」と「まなぶ」
橋本先生が98歳の時、灘校で2日間の特別授業を行った時のエピソードがあります。
このエピソードだけでも、橋本先生がどんな授業をしていたのかがわかります。
その授業で橋本先生は、「あそぶ」、「まなぶ」と二つ黒板に書き、
「この二つの言葉を見て、何か感じることはないですか?」
と生徒たちに聞きました。
一人の生徒が、
「遊ぶのは好きだけど、学ぶのはあまり好きじゃない」
と答えます。
よくある反応ですね^^
ここで別の生徒が、
「どちらもひらがな3文字で最後に『ぶ』がつく」
と答えるのです。
橋本先生は、
「良いこと言ったよ!その通りじゃないか!」
と返します。
橋本先生が言うには、こういう当たり前のことに気づくのはとても素晴らしいこと。
なぜなら、当たり前のことは無視されやすいからなのだそうです。
ところが、その当たり前だと思われていることに疑問を抱くところから、考える幅がグーンと広がっていくわけです。
ここから橋本先生の授業はどんどん横道にそれていきます。
「遊ぶ」の「あそ」ってなんだろう?
熊本県には「阿蘇山」が、また、私の故郷 天橋立には「阿蘇海」があるように、
「あそ」は山の名前にも海の名前にもなり「ぶ」が付くと「遊ぶ」となる。
じゃあ、そんなような「ぶ」がつく言葉を集めてみようじゃないか!
「ぶ動詞」コレクションですよ!
そうやって生徒達に「ぶ」のつく動詞を思いつくまま書きださせます。
2,3個しか思いつかない子もいれば、27個くらい出した子もいます。
「そうやって思いついた言葉の数が、今の国語力」というわけです。
そう言われると、「ぶ」がつく言葉へのアンテナが伸びて、言葉に触れる感覚が敏感になりますよね^^
ちなみにたくさん挙げることが出来た子にどうやってそれだけ出したのか聞いてみると、「あいうえお順」に探しながら潰していったのだそうです。
ゲーム感覚で自分のやり方も編み出せますね^^
「遊び」というのは、人が遊んでいるのを見ても面白くありません。
自分も一緒に仲間になって行動して初めて楽しさが味わえます。
それは勉強の場合も同じで、上からこれはこうなんだと押し付けられることをそのまま鵜呑みにするよりも、自分も教師と一緒になって自分で考える。
国語だからといって言葉の意味を知ることだけが勉強ではなく、そういうことを自分で体験していくことが勉強になるわけです。
橋本先生は、そうやっていろんなものに幅広い興味を持てるようにしていくのだそうです。
自分が興味を持って、自分でやったことは、生涯残ります。
それを元にまた、それぞれ自分の道を開いていったら良いわけです。
「学ぶのは好きじゃない」と言っていた生徒も、授業が終わる頃には、「『遊ぶ』と『学ぶ』の垣根はなくなった」と言っていました^^
どんどん横道にそれながら自発的に学習させる
橋本先生の授業は、どんどん横道にそれていきます。
いくつか例を挙げると、例えば「銀の匙」の章には題がついていないのですが、そんな時は
「この文章の題はどうしたらいいか考えなさい」
と考えさせます。
この文章の題はどうしたらいいか、書いてあることを整理するとこういう風になっていくんじゃないか、と、遊び感覚で進めていきます。
「君はそう考えるんだ」と、自分とは違う考え方に触れることで人の気持ちもわかるようになります。
本の中で駄菓子の話が出てきたら、その駄菓子を食べさせる。
凧上げの話が出てきたら、国語の時間に凧あげをやってみる。
こんな風に、実際に体験することで、頭で理解するだけでは得られないたくさんの気づきが得られるわけです。
内容にとらわれずに横道にそれる
銀の匙の中で
「そんなにしているうちにいつか私は
お犬様や丑紅(うしべに)のうしといっしょに・・・」
と続く文があるのですが、その中の「丑」という文字に注目して、十二支に展開します。
(酉)の市、(戊)辰戦争、甲(子)園・・・
普段使われている言葉には十二支が紛れ込んでいるものもたくさんありますね^^
ここから「甲子園」の「こうし」という音から、中国の「孔子」に話を展開させます。
ここで、孔子のことが書かれた漢詩を読んで覚えて来くるように課題を出します。
白文でもレ点で書いているものでも良いので、暗記させます。
その上で、どういうことが書かれているのかなど、また同じように考えながら授業が進みます。
このように、単語の中の一文字だけでなく、音でも良いので、どんどん横道にそれながら、漢文にも展開すれば歴史にも展開しますし、現代社会や倫理社会など、枠にとらわれずに展開します。
そうやって身に付けた力が総合力となって、一生役立つ学ぶ力を育んでいるわけです。
ちなみに、橋本先生の教えを受けて東大に受かった灘の生徒に話を聞くと、
「勉強はしていない。授業だけ」
と言うそうです。
いわゆる詰め込みの暗記や問題解きを勉強というのなら、それはしていないのかもしれません。
でも、橋本先生のような授業をやることで、自然に勉強をしているのです。
与えられたものの解答を見つけるやり方だと、問題のことしか見えていないので視野が狭くなりがちですが、橋本先生の生徒達は、枠にとらわれずに考える力が養われているので、受験の時にも強いのでしょうね^^
横道にそれていく方法は幼児の子育てにも応用できる
橋本先生のやり方は、小さい子の子育てにも応用できます。
例えば絵本を読み聞かせる時。
絵本を読んであげても、なかなか話を聞いてくれずにどんどん本をめくりたがったりする子もいます。
そういう時、一緒に読まない我が子についイライラしてしまったり、どうやってストーリーに入っていってもらえるか悩む方もいると思います。
でもそんな時は、ストーリーを読み進めることにとらわれず、何に興味があってそういう行動をしているのかに興味をもつ。
そして横道にそれて楽しんでいけばいいのです。
そういう中で色々なことを経験しますし、子供のうちは興味を持ったものを触ったり、動かしたりすることも勉強になります。
やがて、パラパラめくりもやり飽きて、今度は中の絵を見るようになり、お話を聞くようになります。
子供は慣れないものはどんどん自分なりに扱いますし、その扱いに慣れてきた頃に視野が広がりますので、そうなってから本の中に入っていけば良いと思います^^
「本を読む」という本題に入ることが出来た後は、子供の理解度に合わせて橋本先生と同じようにすることができます。
中学生くらいのレベルの子にやるには、親に幅広い知識も必要かもしれませんが、幼児レベルなら本に出てきた動物の実物を見せに動物園に連れていったりする、本に出てきた植物を探しに行くなどすれば、楽しくコミュニケーションを通じて勉強することができます。
それなら普通の親でも出来ますよね^^
「食べ物」がテーマならその食材に触れたり、野菜ならどうやってできるのか育てたり、一緒に料理を作ってみたりというところまで広げることができるかもしれません。
いつも遊んでいる公園で違うテーマを見つけるかもしれませんし、いつも通り過ぎていた田んぼが「学ぶ・遊ぶ」の場になるかもしれないわけです。
なので親に必要なのは「知識」よりも子供を観察する力や、子供の話を聞く力、そしてコミュニケーション力でしょうね。
頭で知っているのと、実際に見たり体験したりしたものとでは、頭に残るものが全然違います。
そういう風な経験を積ませれば、子供の好奇心はどんどん育まれるのではないでしょうか?^^